SUNNYDAY KETCHUPブログ 忍者ブログ
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ひか
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2009年5月第一子出産。主婦のような感じで生活中。
最近またちょっと真面目にイラストとか描いてます。
ブログはほとんど放置ですが、最近ツイッターはそれなりに活用しておるので、こちら↓で生存の確認をして下さい。
ついったー。
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2010/01/22 (Fri)
たまには息子絡みでない話を。

オザケンが復活という情報をキャッチしました。
なので、ここ2日ほど、「LIFE」や「刹那」を聴き続けています。
しかし、オザケンの曲というのは、まるで家事のBGMに向かない。すっかりやる気がなくなってしまう。
何故かと考えてみると、流れ星を探したくなってくるからのような。
つまりきっと、私も大人になり、忘れてた過ちが口をあける時になっているんですよ。

オザケンの曲をよく聴いてたのは、だいたい二十歳前後だったと思うのだけど、歌詞の内容はその頃の自分とリンクする部分はまるでなくて、だから共感したりとか、そう言う事で好きだった訳ではなくて。
歌詞も、メロディも、それから本人のキャラクターも、当時の私からしてみれば非常に現実離れした、ある種のファンタジーのような感覚だったのかなあ。
でも、10年ばかしたった今、改めて聴いてみると、たまに何かしらのリアリティーを発見したような気になってしまう。
それは例えば、上記の「流れ星ビバップ」の一節であったり、「ぼくらが旅に出る理由」であったり、「強い気持ち強い愛」であったり。
具体的にどうと言うのは難しいけど、何かふと「あ、わかるぞ、それ」って思うときがある。
でもそれは、わかるんだけど、今の自分の手元にある感覚じゃないんです。二十歳の頃よりは、それに近い所にいて、現実にある事だって思えるんだけど、でもそれはそれ。自分は自分で、ご飯作ったり皿洗ったりしなきゃいけないから、流れ星探しに行く訳にもいかないでしょ?
・・・というジレンマが、私のやる気を奪って行くのですよ。
二十歳の頃の自分が、違う選択をし続けていたら、もしかしたら「それ」がもっと手元にある大人になったかもしれません。
酔っぱらって、ウキウキ通りを行ったり来たりしてたかもしれません。
とても素敵な、長い手紙を書いていたかもしれません。
マークはずす飛び込みで、サッと奪い去っていたかもしれません。
カローラIIに乗って買い物に出掛けていたかもしれません。
かろうじて、いまだにダッフルコートは着ますけどね。

まあ、つまり何て言うか、やっぱり色々名曲だよね。昔の曲聴いてるって感じしないし。
ライブは行けないから、CD出して欲しいなあ。
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