寄り道の店で5（そこにあるはずの望みのために）

靴を無くした。

ほんの、何分か前までは持っていた。そのちょっと前までは履いていた。
歩き続けるうちに足が痛くなって、靴が合わないせいだと思って脱いだのだ。
その後、その靴がどこへ行ったかわからない。
靴が合わないのも困りものだったけど、裸足というのも具合が悪かった。靴屋を探して新しい靴を買おうと思い、通りかかった人に道を尋ねた。
言われた通りに歩いて行くと、そこにあったのはあの店だった。
─待ってたわ。
扉を開けてすぐの所にユリさんが立っていた。本当にすぐの所だったから、僕は驚いて立ちつくしてしまって、つい、挨拶をするタイミングを逃してしまった。多分僕は、はあ、とか、ああ、とか、そういう曖昧な声を出したと思う。
─靴はどうしたの。
─無くしました。
正直に答えると、ユリさんはなるほど、という風にうなづいて、それから呆れたみたいな言い方で言った。
─なんだか、どんどんひどい事になるのね。
今度は僕がうなづいた。やっぱりそれも、なるほど、という風なうなづき方だったと思う。実際、なるほどと思った。僕はどんどんひどい事になる。
─コーヒーを飲んで行く？
僕はちらりとカウンターを見やった。今日も、そこに彼はいない。
多分、僕は少しがっかりした顔をしたんだろう。ユリさんはそれに気付いたのか、心配しないで、とすぐに言う。
─心配しないで。今日はちゃんといるから。どんなコーヒーがいいの？
どんなコーヒーだろう。そんな事考えもしなかった。ただ、「コーヒー」と頼んだ時に出て来るようなのが、「コーヒー」なんだとずっと思ってた。
─どんなコーヒーでも出してくれるわ。飲みたいコーヒーを言えばいいだけよ。
飲みたいコーヒーは確かにあった。だけど、それがなんて言う名かわからない。
─やっぱり、ひどい事になってるわね。
出直した方がいいかと思った。どんなコーヒーかも言えないし。だいたい、今僕は裸足だし。
扉を開けたら、なんだか雲行きが怪しくなっていた。雨が降るかも知れない。
─難しく考える事はないはずだけどね。
声を聞いて振り返ると、カウンターの中に彼がいた。
やっぱり驚いて、ああ、なんて言ってしまう僕に、彼が優しく言う。口の端を上げて笑いながら。
─この次は、言えるようにしておいで。
靴屋より先に、探すものがあるみたいだった。

余計な言葉を憶えるうちに
大事な何かが言えなくなった
君との約束の答を出すのに
足りない破片はそれだと思う


何が欲しいかも知らないままで、それが手に入るなんて思っていたんだろうか。